経営戦略

組織のDXは、ツール導入では始まらない。

DXの本質を考える経営のイメージ

ここ数年、DXは日本企業の経営アジェンダの最上位に置かれ続けています。クラウド会計、経費精算、人事労務、営業支援。新しいSaaSの導入数を競うように、各社は予算をツールに投下してきました。しかし、実感として「組織が変わった」と言える経営者は、どれほどいるでしょうか。

本稿で指摘したいのは、DXはツールを導入する前に終わっているか、始まってすらいないか、そのどちらかであるという現実です。成果を生む変革には、ツール選定より遥かに手前の、意思決定の構造に踏み込む必要があります。

多くの企業で、DXが「ツール導入のプロジェクト」になっている

現場のヒアリングを重ねてきて、共通するパターンが見えてきました。経営が「DXを推進せよ」と号令をかけ、情報システム部門やDX推進室が受け止める。彼らはベンダー各社のデモを受け、比較表を作り、稟議を上げる。導入が決まると、利用マニュアルを作り、社内に展開する。ここまでが半年から1年です。

ところが1年経過した時点で、利用率が想定の6割以下に留まっている。現場からは「前のやり方のほうが速い」との声が上がり、経営会議では「DX投資の費用対効果が見えない」という議論が繰り返される。こうしたケースが、中堅企業の過半数で起きています。

問題は、最初からツール導入を目的にしていることです。本来の目的は業務の再設計、あるいは意思決定のスピード向上であったはずが、いつの間にかツールの展開率が成果指標になってしまう。手段と目的の入れ替わりは、プロジェクトが大きいほど発生しやすくなります。

本当の課題は現場ではなく、意思決定の構造にある

「現場が変わらない」と嘆く経営者は多いですが、私たちの観察では、現場は驚くほど柔軟です。変わらないのは、現場の判断に対する経営側の応答が変わらないことのほうです。

具体例を挙げます。ある製造業で、工場の改善提案が月に50件上がっていました。ところが承認される提案は月に3件ほど。残りは「検討中」のまま半年以上放置されていました。現場は次第に提案を出さなくなり、SaaS導入の効果測定にも非協力的になっていきます。

現場が変わらないのではない。経営が、現場からの情報に対して「応答する速度」を上げていないのです。

DXで本来変わるべきは、この応答速度です。ツールは情報を集めやすくしてくれますが、集まった情報にどう応答するかは、依然として経営の意思決定構造に依存します。ここを整備しないまま新しいツールを入れても、情報が増えるだけで判断は遅いまま、ということになります。

経営が最初に変えるべき、3つの前提

では具体的に、経営は何を変えるべきか。私たちが伴走してきた企業に共通して必要だったのは、次の3点でした。

  • 意思決定のリードタイムを可視化する。起案から決裁までの平均日数を、部門別・金額帯別に測る。数値化されていない遅延は、改善されません。
  • 決裁権限を棚卸しして、権限の過剰集中を解く。金額基準だけでなく、判断の可逆性で権限を分けるのが実務的です。可逆な判断は現場に委ね、不可逆な判断だけ経営会議で扱う。
  • 失敗した判断の記録を残し、共有する。成功事例だけを追うと、次の判断が雑になります。失敗の記録が組織の学習を加速させます。

この3つは、どれもツールで解決する話ではありません。ツールなしでも手帳と会議体の見直しで始められますし、逆に言えば、ここが整わないままツールを入れても何も変わりません。

ツールは最後に来る。順序を間違えない。

意思決定の構造を整えたあとで、ようやくツール選定の議論が意味を持ちます。このときには、選ぶ基準も変わっています。「多機能か」ではなく「私たちの判断プロセスを速くするか」。「他社で使われているか」ではなく「私たちの失敗記録をうまく貯められるか」。

順序を間違えなければ、ツールは強力な武器になります。逆に順序を間違えると、ツールは組織の古い意思決定を高速で繰り返す装置に成り下がります。DXの成否を分けるのは、この順序の問題です。

最後に一つだけ、経営者の方にお伝えしたいことがあります。DXはプロジェクトではなく、経営のあり方そのものです。期限のあるプロジェクトとして扱った瞬間、本質から遠ざかります。静かに、しかし着実に、判断のしかたを変えていく。それがDXという名で呼ばれる営みの本当の姿だと、私たちは考えています。

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